食料の値上がりは偶然ではありません。その背後には、エネルギー価格という共通の波がありました。
FAOと世界銀行のデータ分析から、原油と穀物が同じ周期で動く“価格の連鎖”が浮かび上がります。
相関係数0.877——数字が語る、世界経済のつながりです。
はじめに
025年現在、世界の食料価格は依然として高止まりしています。
FAO(国連食糧農業機関)が毎月発表する「食料価格指数」によれば、穀物・油脂・乳製品・砂糖・肉といった主要品目はいずれも大きな変動を示しており、国や地域を問わず消費者の生活に直結しています。
特に低所得国では食料支出の割合が高く、価格上昇はただちに生活コストの悪化や社会不安の拡大につながりかねません。
その一方で、食料価格の動きは単なる農業の需給だけでは説明できません。
背景には原油や天然ガスといったエネルギー市場の価格変動が存在します。
燃料価格の高騰は農業生産コストや肥料価格を押し上げ、国際輸送コストの増加を通じて食品の最終価格にも波及します。
たとえば天然ガス価格が高騰した2022年には、窒素肥料の価格が急上昇し、それが小麦やトウモロコシの国際価格に反映されました。
同時期の原油高騰は輸送コストを引き上げ、油脂や砂糖といった輸入依存度の高い品目の価格上昇につながったとされています。
さらに近年では、地政学リスクや気候変動もこの関係を一層複雑にしています。
ウクライナ情勢や中東不安によるエネルギー供給の不確実性、干ばつや洪水による農産物の収穫減少は、**「食料とエネルギーの二重インフレ構造」**を強めています。
これらの要因は相互に連動し、世界的なインフレの持続性を高める可能性があります。
日本にとってもこのテーマは他人事ではありません。
小麦・油脂・大豆などの基幹食料を輸入に依存しているため、国際エネルギー価格の変動は家計や企業コストに直撃します。
実際、2022~2023年にかけては、円安とエネルギー高騰が重なり、食品価格の値上げが相次ぎました。
こうした背景を踏まえ、本記事では FAOが公表する食料価格指数と、世界銀行のCommodity Price Dataに基づく原油・天然ガス価格の統計を組み合わせ、「食料価格はエネルギー価格と連動しているのではないか」 という仮説を統計的に検証していきます。
世界インフレを理解するための二つの統計的視点
世界的なインフレを正しく理解するには、食料価格の動向とエネルギー価格の変化という二つの統計的視点が欠かせません。
両者は独立したものではなく、相互に影響し合うことで物価全体に波及効果をもたらしています。
食料価格指数の視点が必要な理由
食料は人々の生活に直結する必需品であり、その価格変動は家計に最も早く影響します。
特に新興国では食料支出の割合が高いため、食料インフレは社会不安や貧困拡大に直結するリスクを持っています。
FAO(国連食糧農業機関)が発表する 食料価格指数(Food Price Index) は、穀物・油脂・乳製品・砂糖・肉という主要品目をカバーし、国際的に比較可能な指標として広く利用されています。
2014–2016年を基準(=100)とした月次データで提供されており、**「世界インフレ 食料価格指数」や「食料インフレの国際比較」**といった分析に最適です。
エネルギー価格の視点が必要な理由
食料価格を理解するには、エネルギー価格の統計も不可欠です。
農業生産には肥料・燃料・電力が必要であり、収穫物の輸送や加工も石油や天然ガスに依存しています。
例えば天然ガス価格の上昇は肥料コストを押し上げ、穀物市場に波及します。
また原油価格の高騰は輸送コストを通じて油脂や砂糖といった輸入品目の価格を押し上げます。
特に世界銀行が提供する Commodity Price Data(Pink Sheet) は、Brent原油やWTI、欧州・米国・日本向けLNGといった国際的な基準価格を網羅しており、**「エネルギー価格 食料価格 相関」や「原油価格と食料インフレの関係」**を調べる際に信頼できる統計です。
データの取得
食料価格データ(FAO Food Price Index)
世界の食料価格を分析するうえで最も広く利用されているのが、**FAO(国連食糧農業機関)**が毎月公表している Food Price Index(食料価格指数) です。
この指数は、世界各国の農産物価格をもとに構成されており、**国際的な研究・報道・経済分析で最も引用される「食料価格の世界標準」**といえます。
たとえば、世界銀行やOECD、IMFのレポートでも、食料価格動向の基準指標としてFAO Food Price Indexが用いられています。
出典とデータ仕様
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出典:FAO公式サイト「Food Price Index」
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提供形式:CSV(1990年以降の月次データを収録)
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基準値:2014–2016年平均 = 100(名目指数)
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更新頻度:月次(通常、翌月上旬に更新)
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収録カテゴリ:
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穀物(Cereals)
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油脂(Oils)
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乳製品(Dairy)
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砂糖(Sugar)
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肉(Meat)
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🌾 FAO穀物価格の長期推移を可視化する
まずは、**FAOが公表する「穀物価格指数(Cereals Price Index)」**を長期スパンで確認してみましょう。
この指数は1990年以降の月次データをもとに、世界の主要穀物(小麦・とうもろこし・米など)の国際価格を総合的に示したものです。
近年の食料インフレを理解するうえで、まず確認すべきは**「長期的な価格の流れ」**です。
とくに2020年以降、エネルギー価格や物流コストの変化が穀物市場にどのような影響を与えているのかを視覚的に掴むことができます。
下記は過去約35年分(約428か月)のシリアル価格指数を折れ線グラフで表示しています。
⚡ エネルギー価格データ(World Bank Pink Sheet)
世界のエネルギー市場を俯瞰する上で最も信頼性の高いデータのひとつが、
**世界銀行(World Bank)**が毎月公表している Commodity Price Data(通称:Pink Sheet) です。
このデータは、原油・天然ガス・金属・農産物など約70種類の国際商品価格を網羅しており、
国際貿易・インフレ分析・資源経済研究などで世界的に参照されています。
とくに、エネルギー分野では次の価格指標が定番です:
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Crude oil, Brent(ブレント原油) — 欧州市場の代表的な原油価格
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Crude oil, WTI(ウエスト・テキサス原油) — 米国市場を代表する原油価格
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Crude oil, Dubai(ドバイ原油) — アジア市場の基準となる中東原油
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Natural gas, Europe(欧州天然ガス)
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Natural gas, U.S.(米国天然ガス)
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Liquefied natural gas, Japan(日本LNG)
これらの価格は、国際エネルギー市場の変動と世界の食料価格の関係を分析するうえで欠かせません。
たとえば、エネルギー価格の上昇が肥料・輸送・加工コストを押し上げ、結果的に食料インフレへ波及するメカニズムを理解する際にも利用されます。
出典とデータ仕様
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出典:世界銀行公式サイト「Commodity Markets (Pink Sheet)」
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提供形式:Excel(
CMO-Historical-Data-Monthly.xlsx
またはCMO-Pink-Sheet.xlsx
) -
基準通貨:米ドル建て(USD)
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更新頻度:月次(通常、毎月初旬に更新)
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収録期間:1960年代~現在
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収録カテゴリ(主要エネルギー):
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原油(Brent/WTI/Dubai)
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石炭(Coal, Australia/South Africa)
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天然ガス(U.S./Europe/Japan LNG)
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ほか非エネルギー資源・農産品も多数
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データの特徴と信頼性
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長期時系列の一貫性:1960年代以降の月次データを、同一通貨・同一基準で提供。
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国際比較に適した形式:FAOの食料価格指数と同じ月次頻度で取得できるため、
エネルギー価格と食料価格を直接比較・相関分析できる。 -
透明性と再現性:全データは世界銀行公式ページから無償で入手可能であり、
研究・報道・政策分析の信頼ソースとして広く使用されている。
エネルギー価格の長期推移を可視化する
ここでは、Brent原油の長期推移を可視化してみます。
データは、世界銀行が毎月公表している Commodity Price Data(通称 Pink Sheet) のCrude oil, Brent
列を使用し、1990年以降の月次データを描画します。
観察ポイント
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2008年のリーマン・ショック後に急落し、
その後、2010年代半ばに再び下落傾向(シェール革命の影響)。 -
2020年のパンデミックで一時的に暴落したが、
2021〜2022年にかけてロシア・ウクライナ危機と需給逼迫で急騰。 -
2023年以降は高値圏ながらも供給増・需要鈍化で調整局面。
📊 食料価格とエネルギー価格の相関を検証する
なお、この記事で紹介している相関分析(相関係数0.877)やグラフは、すべてPythonで再現可能です。
実際のコードやデータ整形の手順は、こちらの実装編で詳しく解説しています。
👉 FAO食料価格指数と原油価格をPythonで分析する方法(実装編)
ここでは、FAOの「穀物価格指数(Cereals)」と、世界銀行の「ブレント原油価格(Crude oil, Brent)」を同一期間で統合し、両者の関係性を統計的に検証していきます。
エネルギー価格は、肥料生産・農業機械の燃料・輸送・冷凍保管など、農業コストのあらゆる段階に影響するため、理論的にも食料価格との間には強い結びつきがあると考えられます。
では、その関係は「どの程度」強いのか。
そして、世界インフレ構造の中でどれほど重要な因子なのか。
その出発点として、まずは “相関分析(correlation analysis)” を行います。
なお、本記事で行っているFAO食料価格指数と原油価格の統合・相関分析は、
すべてPythonで再現可能です。
データの取得から整形、可視化、相関係数の算出までの手順は、別記事「FAO食料価格と原油価格の相関分析をPythonで再現する(実装編)」で詳しく解説しています。
実際にコードを動かしながら学びたい方は、そちらもぜひご覧ください。
🔍 なぜ「相関分析」なのか
相関分析とは、2つの変数がどの程度連動して動くかを数値化する手法です。
本記事では、「穀物価格」と「原油価格」の月次データを結合し、統計的に両者の動きを比較します。
たとえば:
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相関係数が +1.0 に近ければ、「ほぼ完全に同じ方向に動く」
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0.0 なら「関係なし」
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−1.0 に近ければ「逆方向に動く」ことを意味します。
この数値を求めることで、「原油が上がると穀物も上がりやすいのか?」という疑問に客観的な根拠を与えることができます。
⚙️ 今回の分析設計
今回の手順は以下の3ステップです:
ステップ | 内容 | 目的 |
---|---|---|
① データ統合 | FAOの食料価格指数とWorld Bankの原油価格を月次で統合 | 比較可能な時系列データを作成 |
② 推移比較 | 折れ線グラフで2系列を重ねる | 時期ごとの動きを直感的に把握 |
③ 相関分析 | 数値(ピアソン相関係数)+散布図 | 両者の関係の強さと方向を定量的に評価 |
🧠 なぜ「ピアソン相関」を使うのか
ピアソン相関(Pearson correlation)は、連続量データ(今回のような価格データ)の直線的関係を測る最も一般的な指標です。
価格指数やコモディティ価格は基本的に「連続値」であり、分布も極端に歪んでいないため、この方法が適しています。
他の選択肢もありますが、それぞれ以下の特徴があります:
手法 | 特徴 | 今回使わない理由 |
---|---|---|
スピアマン相関(Spearman) | 順位関係(上がる・下がる)に着目。外れ値に強い。 | 今回は“価格そのもの”の変動を見たい(順位ではなく実値)。 |
グレンジャー因果分析 | 時間遅れの「因果性」を調べる。 | サンプルサイズが小さいと不安定。まずは単純相関で全体傾向を確認。 |
回帰分析(OLS) | 原油価格が食料価格をどれだけ押し上げるかを定量化できる。 | 次のステップとして適用予定(本稿では導入分析)。 |
📈 この分析で見えること
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原油価格が上昇する局面では、数か月遅れて穀物価格が上昇している傾向
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エネルギーコストの低下期(2014–2016年、2023年以降)には、穀物価格も緩やかに下落する動き
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相関係数が +0.6〜+0.8 程度であれば、食料価格はエネルギー価格の影響を強く受けている」という仮説が統計的にも裏付けられる。
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